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魅せる水族館 vol.1 |
こうしてチンアナゴはスターになった


チンアナゴ
白くてドット柄のほうがチンアナゴ

「チンアナゴ」って知っていますか?

ニョロニョロしていて、砂からニョキッと生えている不思議な海の生物、チンアナゴ。
いまや知らない人はいないのではと思うほど、ここ十数年で一気にメジャーな海の生物になりました。
先日、幼稚園の学習絵本の海のイラストの中にチンアナゴが入っているのを発見して私はおどろきました。いつのまにか、教育現場で海の生物を紹介するときでも、選抜された海の生物のラインナップのなかに当たり前にチンアナゴが入るようになったのですね。



チンアナゴがスターになった3つのきっかけ

ではなぜ、チンアナゴはスターになったのでしょうか。そのきっかけは主に3つあると私は思います。

1つめは、2012年にすみだ水族館でチンアナゴ634匹の展示がはじまったこと。
革新的だったのはその匹数の多さと、チンアナゴ一種類だけでの展示だったことです。
いままでも水族館でチンアナゴは展示されていましたが、サメやエイなどの人気大型生物がゆうゆうと泳ぐ大水槽の端っこの砂地に数匹いるような展示が主流で、あまり魅力が伝わっていませんでした。

すみだ水族館ではチンアナゴだけが展示されていることによって、群れでゆらゆら揺れる様子や、驚いたときにいっせいに砂の中に引っ込む面白さがパッと見ただけで伝わるようになりました。
(※2025年現在、ニシキアナゴやマガキガイなども同じ水槽に展示中)


2つめは2013年にすみだ水族館が「チンアナゴの日」を記念日に登録したことです。
チンアナゴの姿が数字の「1」に似ていることや、群れで暮らす様子を象徴していることから11月11日に登録したという理由もユニーク。
その後、他の水族館でもチンアナゴの日にイベントを開催することがムーブメントとして広まり、水族館業界全体でチンアナゴをお客さんに楽しんでもらうきっかけとなりました。


3つめはネットやSNSのメディアにうまくハマったことです。
2010年には「ちんあなごのうた 」(ウタトエスタジオ)がYouTubeに投稿され、2012年には再生回数10万回を超えるなど、ネット上でじわじわと知名度が広がりはじめていました。
そして、2013年の11月11日にすみだ水族館が行ったイベント「ゆらゆらチンアナゴナイト」と同時に、ニコニコ生放送「チンアナゴ水槽中継@すみだ水族館」を開催すると、ニコニコ総来場者数67万人、コメント数52万件を記録しました。この規模で水族館でのリアルイベントとオンラインイベントが同時開催されたのはおそらく初めてで、全国規模で認知度が高まりました。

チンアナゴイベントの配布物・「きょうもゆらゆらチンアナゴ」という揺れるフィギュアが右下にある

ある年のすみだ水族館のチンアナゴイベントの配布物。
右下の「ゆらチン(※「きょうもゆらゆらチンアナゴ」の略)」という揺れるフィギュアは大人気でした

ネットとチンアナゴコンテンツの相性でいえば、そのビジュアルのインパクトに加えて、名前の違和感があったことも追い風になりました。(こどもたちも「チンアナゴ!」という名前を連呼していたのを覚えています...)

ほかにも、どんなコラボも断らないといわれているキティちゃんが2011年に「チンアナゴキティ」(株式会社サンリオ)を発売したり、2013年にはアーケード景品として登場した「きょうもゆらゆらチンアナゴ」(株式会社エイコー)が発売からわずか9ヶ月で100万個が売れるヒット商品になるなど、チンアナゴはネットから現実の商品市場にまで同時多発的に広がりをみせていきました。



メディアによってスターになった生物たち

ここで、過去にもメディアによって人気者になった生物たちがいるので紹介します。
まずは、1984年に三菱自動車ミラージュのCM をきっかけにブームとなったエリマキトカゲ。大きく口をあけて走る姿は一度見たら忘れられません。

ちなみに私はリアルタイムで見ていたわけではないのですが、大学にいたころ、名作CMを100本鑑賞するという授業をきっかけに知りました。
そして、その授業のなかで大手代理店でアートディレクターをしていた先生が「広告で困った時には、こどもか動物か美女を出すんだよ」と冗談混じりに話していたことも印象に残っています。 それは英語の頭文字をとって3B( Baby、Beast、Beauty )とよばれていて、人の感情を動かす法則のひとつだとか。もしかしたら、エリマキトカゲを起用した企画者も当時ちょっと困っていたのかもしれませんね。

翌年の1985年にはカップ焼きそばUFOのCM でウーパールーパーが話題になりました。その後、サンシャイン国際水族館(現:サンシャイン水族館) で展示されたウーパールーパーも大人気だったそうです。

エリマキトカゲとウーパールーパー

1980年代のCMで人気になったスター生物は、見た目のインパクトが強く、珍しいものがブームの中心でした。
それに対して、チンアナゴブームは少し性質が異なります。「ゆらゆら揺れる様子に癒される」というお客さんの声にもあるように、スター生物の人気のあり方が、単なる外見的インパクトから、生態的な魅力や行動観察へとシフトしていることがうかがえます。


▼おわりに

私は当時、すみだ水族館で働きながら、チンアナゴがスターになっていくのをリアルタイムで感じていました。
それは、チンアナゴの展示がはじまったことが最初のきっかけでしたが、お客さんの反応に気づいたスタッフたちが、もっと楽しめるようにと色々な仕掛けを作っていったことがチンアナゴをスターにすることにつながりました。

水族館にきたお客さんは、スター生物に出会えると「有名なものが見れた」と、とても嬉しそうです。その体験をきっかけに、生物そのものの魅力に気づく方も多くいます。
展示を作る仕事に携わる立場としては、まだまだ世間では知られていない生物たちがどんどんスターになって、その魅力がもっと伝わったらいいなと思います。

2025/09/11