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魅せる水族館 vol.2 |
オノマトペで、魚を分類する


ライブラリーアクアリウムの空間の様子
ライブラリーアクアリウムには43本の小型の水槽と本棚がならぶ


「サカナなの?ヘビなの?」

すみだ水族館で働いていたとき、チンアナゴの水槽の前で来館者がぽつりと呟いたその言葉が心にのこっています。
チンアナゴは細長い体を砂の中に半分埋めて、群れでゆらゆらと揺れている様子が特徴的です。 生物学的には「ウナギ目アナゴ科」に属するれっきとしたサカナなのですが、 見た目の印象はまるで小さなヘビのようです。 「サカナなの?ヘビなの?」という呟きは、初めて出会った生物への正直な反応だったと思います。

あの言葉が、LIBRARY AQUARIUMを設計するときの出発点になりました。 (この記事は自身が関わったプロジェクトの紹介です)

ヘビのようにもみえる、チンアナゴ

にょろっとした見た目のチンアナゴ。奥にぼんやりと見えるのはシマウミヘビ。



なぜ既存の分類では届かないのか

水族館の展示は長い歴史の中で、生物の種や生息地、生態系を軸に分類してきました。 例えば、「スズキ目の展示」「インド洋の海の生き物たち」「深海ゾーン」など—— それぞれに意味があり、生物を体系的に学ぶには合理的な構造です。 ただ、この分類は初めて水族館を訪れる人や、生物に詳しくない来館者にとっては捉えづらいと感じられることもあります。 「スズキ目」や「インド洋の海」と書かれた表示を見ても、マクロな視点すぎてピンとこなかったり、 その言葉が指す意味を予備知識として知らなかったりすると、 どこに注目して展示をみればよいのかわからないという課題がありました。

さて、2023年に札幌の都市型水族館として開業したAOAO SAPPORO。 「生命のワンダー みえないものがみえてくる」をコンセプトにした、 大水槽もイルカショーもない水族館です。 そのかわりに、大水槽の中では埋もれてしまいがちな「脇役」の生物たちに光を当てるというチャレンジをしています。

AOAO SAPPOROの開発中には、既存の水族館がすでにやっていることとは別の方向性で新しい水族館として 「展示を見る」ということを根本から問い直す必要がありました。




感覚を軸に、分類を作り直す

そこで考えたのが、生物を「見た目の印象」で分類することでした。 「チンアナゴ」と「ウミヘビ」と「ヘビ」を並べて展示したらどうなるか。 ぱっと見はどれも似ているのに、よく観察すると動き方も体の質感も全然違う。 その「似てるけど違う」という発見こそが、観察の入口になると思ったのです。 そして、分類の言語として選んだのが、オノマトペでした。 「にょろ」「ぺったんこ」「もさもさ」——これらは説明しなくても体に届く言葉です。 子どもも大人も、知識量に関係なく同じ地平に立てる。 擬音語・擬態語は日本語の豊かな特性であり、絵本作家の五味太郎さんは著作の中で、「擬態語は、歌舞伎や茶道、てんぷらよりも、日本が世界に誇るべき文化」と論じています。(一説によると欧米(英語など)に比べて日本語のオノマトペの数は3〜5倍ほどあるとか。)
感覚的な言語であるオノマトペを取り入れながら、従来の「マクロな視点(生物の種や生息地など)」による分類からではなく、もっとミクロな視点(見た目の印象や日常との接点) つまり、鑑賞者の身近な気づきを入口にすることで、好奇心がわく仕組みを開発しました。



本が、水槽の隣に並ぶ理由

LIBRARY AQUARIUMには、水槽の隣に本が置いてあります。 生態を示すキャプションに加えて、自然科学・芸術・文学・食など、生物に由来する幅広い分野の本を書籍ディレクターが選書しました。 「この魚と、この本がなぜつながるのか」と首を傾げながら本をみて、気がつけば水槽の生物をもう一度見に戻っている——そういう動線を意図しています。
例えば、ハチェットフィッシュの隣には「斧」の本が置いてあります。よく生物を観察したり、キャプションを読むと魚が斧の形に似ているから「ハチェット(英語で斧の意)」と名付けられたことに気づきます。 ほかには、草間彌生の赤い鮮烈なドット柄が目を惹く表紙の本がおいてあり、その隣の生物を見ると同じようなドット柄をしていることに気づいたり。ほんの一例ですが、今までにない展示体験ができます。

観察して、読んで、また観察する。この往復の中で、来館者は自分のペースで考えを深めていきます。ソファに座って絵本の読み聞かせをする親子の姿もあれば、本を片手にじっと水槽を眺める大人の姿もある(なかには5時間いました、なんて人も)。 「ただ生物を見る場所」から、それぞれが自分らしく過ごせるサードプレイスになっていきました。
館内で気になった本は、ミュージアムショップに併設した本屋「WONDER BOOKS」で購入することもできます。退館後も興味が続いていく仕組みです。

水槽の隣に本がある

水槽の隣には選書された本が置かれていて手に取ることができる



体験設計の骨格: ? から ! へ

LIBRARY AQUARIUMの設計を振り返ると、ひとつの骨格が見えてきます。 まず「?」をつくること。「サカナなの?ヘビなの?」という呟きのように、先入観を取り除いて目の前の生物に素直に疑問を感じてもらう。 そのために、分類の軸をオノマトペに変え、脇役の生物に光を当て、比較できる並びをつくりました。
次に「!」をつくること。①オノマトペの分類による観察のヒント ②観察できることが140字で簡潔に書かれたキャプション ③本との関連付け  を通じて、来館者が自分の目で発見に至る体験を設計しました。 答えを教えるのではなく、発見までのプロセスをデザインするということです。

展示の仕組み

ライブラリーアクアリウムのたのしみかた


子どもが先入観なく土や水に触れるように——あの直感が、この展示の根本にあります。

2025年度グッドデザイン賞を受賞したとき、審査のポイントとして「オノマトペによる感覚への刺激」が挙げられました。 水族館の枠を超えて、図書の分野からも視察が訪れ、選書について書籍ディレクターが講演を行うなど、水族館のジャンルを超えた広がりも生まれています。 観察の入口を変えると、水族館の使われ方そのものが変わっていく。それを実感したプロジェクトでした。



「LIBRARY AQUARIUM 観察と発見の部屋」(AOAO SAPPORO 5F)
グッドデザイン賞2025受賞



2026/06/04